産業医とメンタルヘルス

「精神衛生上」という言葉が一般用語としてよく使われているが、私たち医療関係の専門用語でいう「精神衛生」は、私が学生時代の公衆衛生の教科書にも出ていたし、保健所に勤めていた時代も若干特殊で縁遠いイメージがあった。ちなみに「公衆衛生」という言葉も「保健所」という言葉も古い言葉となり、姿を変えつつある。
時代は言葉を変え、「メンタルヘルス」なる用語が一般人に語られることが増えてきた。アマゾンでメンタルヘルスの検索を行うと、1248件もの和書が出てくる。
現在、産業医としてメンタルヘルスに従事させていただいているが、「メンタルの問題」は山積している。一方、大学の精神科のドクターと話していても、産業関係は...と苦手意識をもっていらっしゃる方も少なくない。
会社の産業医としての位置づけはそもそも、「会社」と「患者さんつまり従業員」の間で中立的な立場でなくてはならない。一方、医療機関で患者さんの主治医として仕事をする場合は、あくまでも患者さんを守る立場の医師として話をすすめていく。
そして、私たちは産業医は板挟みになる。例えば、会社とトラブルの関係にある従業員がメンタルの問題をかかえて、上司に無理やり産業医面接を「うけさせられる」などという場合も多々ある。そのような場合、「先生はどうせ会社の味方だろう!!」などと吐き捨てられることがある。その状況で、信頼関係を築いていくことに苦労することも多い。このようなことは医療機関ではあまりない。そもそも患者さんは自発的に通院して下さるわけだし、「この医者は自分に合わない」と思えば、さっさと他の医師を探すものだ。このように、普通の診察とは異なる配慮が必要になるのが、産業医だと痛感している。
ここで今日は1つよくある問題について挙げてみる。復職、休職についてである。よくあるパターンであるが、うつ状態で休職中であるが、本人は仕事をしたいという意思が強い。しかし、症状が安定しておらず、朝起きられなかったり、電車に乗れなかったりと、出社が未だ困難であることがある。これについて少し検討してみる。
仕事を休んでいる間は、傷病給付金が給料の3分の2程度、一定期間支給されるので、全く無給というわけではない。しかし、基本給の3分の2というと実際の給与に比べかなり少ないことも多いようだ。そういうわけで、「早く復職をしたい」「休職したくない」という患者さんも多い。そこで、主治医に「朝も起きれるし、気分の落ち込みも軽くなったので、もう大丈夫です。復職の診断書を書いて下さい」と頼み込む。私も主治医の立場でそのような経験はよくするが、症状が安定していれば復職の診断書を書く医師も少なくない。そしてそれを患者さんが会社に提出する。その後、会社が産業医面談を当該社員に受けさせ最終的な復職判断をするわけである。実際、産業医として当該従業員に会うと、面談に時間通り来れなかったり、早起きができないなど、生活リズムが整っていないなど、就労は厳しいことも少なくない。もちろん復職してすぐに前と同じ勤務時間、仕事量をさせるわけではない。復職プログラムをすすめている。しかし、それでもなお「自宅で過ごす日常」と「会社での社会人としての日常」は随分と違うものなのだと、実感させられる。よく言われることだが、「普通の状態にくらべて120%に回復しないと復職は難しい」。そのことを本人に説明し、納得していただき休職の延長をしていただくこともある。これは本人の意にそぐわないものかもしれないが、実際無理に出社して苦労するのはまた本人なのである。
このように、産業医は疾病を抱えた従業員と会社両者の立場を理解しながら、患者さんの病状を把握しつつ、会社へアドバイスをしていくのである。これは、臨床の医師とは異なる技術が必要であり、確かに、嫌がる医師がいるのも当然だと思う。
しかし、私は産業医の仕事が好きだ。楽しみながらやらせていただいている。そもそも医師というのはふつう病院でしか働いていない。大学も医学部、卒業してからも病院勤務。狭い世界で生きていく。好奇心旺盛な私は、他の職業の人がどのように働いてどんなことを考えているのかを肌身で感じるのが楽しくてたまらない。そういえば小学校の授業中に見た教育テレビの「働くおじさん」も結構好きだった様な気が...。
では、これからも、皆さんが元気に健康的に御仕事していけるようお手伝いさせていただきます。